同人誌が高い?なら買うな!ボケが!!

 このところ、残業残業で疲れているので、ちょっと言葉が過ぎるかもしれませんが、平にご容赦。
久しぶりに帰ってきてネット繋いだら、定期的に繰り返される同人誌の値段談義があったので、なんとなく所信表明じみたものを。


 頒布される同人誌の原価なんて、どうでも良いんだ。
そんなことはサークルさんだけが知っていれば良いんだ。


 高いと思えば買わなければ良いんだ。
別にてめえが買わなくたって、誰も困りはしねぇんだ。


 好きなサークルさんの本だったら、幾らであろうと買うね。
値札なんて関係ない。


 それは他では手に入れることの出来ない唯一のものだからだ。
そのサークルさんだけが頒布することが出来るから、意味があるんだ。


 印刷屋のメシ代を払っているんじゃないんだ。
サークルさんの「仕事」に敬意を払っているんだ。


 そこのところも分からないような奴は、豆腐の角に頭ぶつけて死んじまえ!



・・・若かりし時分、ヤフオク全盛の頃、どうしても欲しい出品を見つけてしまったことがあります。
件の出品はコピー誌の詰め合わせで、50〜60冊くらいのまとめ売りでした。もちろん、欲しいブツはとあるサークルさんのコピー誌一冊こっきりだったのですが、二度と見かけることはないだろうと、一万ウン千円で落札したことがあります。で、ダンボール一箱ぶんくらいのコピー誌が送られてきて、我ながら唖然としたことがあります。


なんでしょうか、何が言いたかったと言いますと、本件は詰まるところ価値論に終始するということです。金銭は万人に共通の価値の尺度です。万人というのが言いすぎだとすれば、少なくとも、貨幣経済の下で暮らす者にとっては、と言い換えてもいい。


金銭によって、値段をつけることによって、様々な「モノ」の価値を容易に比較すうることが出来ますが、こういった「一般的価値尺度機能」によってのみ購入しているわけではないということです。交換手段として、(サークルさんにとっても有用な)差し出せるものが金銭しかないのだから、サークルさんの値付けに従って、対価として、喜んでお支払いさせて「頂いて」いるんです。言わば交換手段として、金銭を利用していると言ったところでしょうか。


よく作家さんどうしで新刊を献本し合ったりしているんじゃないですか、あれが羨ましくてねぇ。
まぁ少なくとも、彼らは掛かった印刷代の差額をやりとりしているわけではないでしょう。


描かれたものが読みたいから買うんです。
「買う」という行為は「手に入れる」という目的あっての手段であって、それが最も楽だから。


逆に言えば作家さんの言い値で払えなくなったら、同人もやめどきかな、と思わなくもないです。
それだけの価値を見出せなくなったということですから。