「これ、何かわかる?」
何かも何も一目瞭然、東ホールの地図だ。
ただ、いろいろ書き込みがされている。
地図のあちこちに赤い印がつけられ、そのそばに固有名詞らしい文字列が書かれている。
最初はそれらが何なのかわからなかったけど、<CUT A DASH!>という名前を見つけてぴんときた。
ぼくは、大分あきれた調子を滲ませて、こう答えた。
「コミケ70の大手サークルの場所を記した地図だね」
小左内さんは一度こくりと頷き、それから小刻みに首を横に振った。
「そうだけど、そうじゃないの」
「と言うと」
「これはね」
秘密を告げるように、真剣なまなざしで、
「わたしの、この夏の運命を左右する……」
「運命……」
「<小左内同人誌セレクション・夏>」
ぼくはゆっくりと玄関の扉を閉めた。
小左内さんは、弁解するでもなく恨めしげにするでもなく、黙ってもう一度地図をぼくに差し出した。
「あのねえ。ぼくは同人誌が嫌いってわけじゃないけどさ、小左内さんほど好きでもないってことは是非わかってほしいんだ」
小左内さんの表情が、ふと翳る。
「受け取ってくれないの……?」
別に強いて拒む理由もないけどさ。
「今年の夏の計画を完遂するには……、どうしても××くんみたいな人がいてほしいの」
同人誌コンプリート計画にどうしてぼくがいてほしいのかさっぱり見当がつかない。
そして見当がつかないことを見当がつかないままに辞退するのは、何と言うか、非常につらい。
「行きたくないの?」
そう言われるとなぁ。
「そんなことはないけど」
途端、小左内さんは柔らかく微笑む。
「そう、良かった。……じゃあ、明日、4時半に東駐車場でね」
そして、もう一枚紙を渡してくる。
それを見て、ぼくは絶句した。
ベスト10!
- す茶らか本舗『NEVER LAND』
- LADY◆NAVIGATION!『太陽のKomachiAngel』 (← コピー誌も。)
- 下り坂道『ふたつ ねがい』
- FLAT&SLIT RACING『有明MIDNIGHT VOL.2』
- CUT A DASH!『Little Bird Cafe』 (← インコのフィギュア・Blazer‐oneと対になってる)
- 貧血エレベーター『FRONT』
- あかやまや『FICTIVE PLAY』
- ナイモノネダリ『鍵と銃弾とカエル』
- 90分 15,000円『振り逃げ』
- EXCLAMATION『/NS』 (← Blackさんが重要)
ベスト10選外 含非夏期限定 要! 注目
ランクA
- YellowHouse『駄黄印』
- 経験値ランド『コハクリコ9』
- むてけいロマンス『薬局のポチ山さん2.0』
- Blazer one『FG PACKAGE』
- ねこバナナ『べっこうのべっこう』
- じゃらや『MOONLIGHT×STARLIGHT』
- cageling『wonder! 再録集vol.2』
- Pinsize,Inc『Petits fours 3』
- bolze.『夢でKISS×3』
- しろくま屋「あうあうと一緒』
企業ブース
……これは、また、どう反応していいものか……。
まさかこれを全部まわるなんてことは、言わないだろうね。
翌日、小左内さんから届いたメールは何とも人を食ったものだった。
「ごめんなさい。あいすとちょこの列を離れられなくなりました。第2位のサークルさんで、CLANNADの合同誌2つとコピー誌を4つ買って、ガレリアまで来てください。ごめんなさい。」
文の始めとと最後をごめんなさいで括ればいいというものではない。
小左内さんは、昨日ぼくの家に来た時点で、こうなることを予想していたのだろうか?
だとしたら、体よくお使いに使われてしまったわけだけど、そのことには別にまあ、腹は立たなかった。
小左内さんがぼくを利用するのは、ぼくが小左内さんを利用するのと同じく、よくあることだからだ。
腹が立ったのは、その日の猛烈な暑さにだった。
<小左内同人誌セレクション・夏>には、20軒に及ぶサークルがマークされていた。
ランキング表を参照すると、第2位のサークルは<LADY◆NAVIGATION!>。
行ったことのないサークルだけれど、現在位置から通り道に配置されていたのはありがたかった。
もしこれがホールの反対側の東456だったりしたら、よほどの理由があっても足を延ばす気になれなかったに違いない。
それほどにこの日は暑かった。
地図を見ながら、<LADY◆NAVIGATION!>を探す。
ここに新刊がありますよとアピールするように、CLANNADのポスターが翻っていたので、あまり手間をかけずに見つけることができた*1。
ぼくはほっとし、ポケットから財布を出した。
が、
「なんと!」
CLANNAD Fan Bookと銘打たれた、フルカラーの表紙。これが新刊合同誌だ。
一方、お品書きには、記載されている新刊コピー誌がない。
新刊合同誌は充分な数があるけど、コピー誌はない。ご注文は4つなのに。
「すいません。待っていれば、ここにあるコピー誌は補充されますか?」
しんのさんは、ぼくをじろりと見ると、無愛想に答えた*2。
「木野田さんは遅刻しています」
そうですか。
れでぃなびさんが遅刻することは、別に珍しいことじゃない、…ってどうして初めて行くサークルさんなのに、ぼくは、そんなことを知っているんだ?
まぁいい、ないものは買えないので、ぼくは新刊合同誌2冊と折角なのでGP-KIDSの新刊を買った。
いくら小左内さんの様子がおかしくても、ないものまで買ってこいとは言わないだろう。
しんのさんは、やっぱり無愛想に、だけど手際良く会計していく。
ぼくはそれを横目に、小左内さんにメールを打った。
『新刊買ったよ』
『ありがとう。たのしみ』
コピー誌が買えなかったことを書かなかったのは、単にぼくがメールを打つのが遅いからだ。
どうせすぐ会うんだし、口で言えばいい。
そのころぼくも小左内さんと同じく和の牛歩に巻き込まれていた。
11時に並び始めたのに、いっこうに終わらない。くそっ健吾のやつ、興味がないふりをしていながら、巫女さんスキーだったとは。
…12時前になり、やっと和が終わった。
ぼくはふとそういえばと思い出し、再び<LADY◆NAVIGATION!>を訪れた。
すると!
さっきまでなかったコピー誌があるじゃないか。
ただ数があまりない。限定もキツそうだ*3。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
小左内さんは、すぐに気がついた。
「あれ、コピー誌が……」
「ああ、うん」「完売してたんだ」
「うん、<LADY◆NAVIGATION!>のコピー誌は、東123ホールで最高なの。でも……、そう、売りきれてたの……」
いかにも残念そうだ。ああ、心が痛む。
「ところで、××くん」
「うん」
「コピー誌のネタって何だった?」
手が止まった。
ぼくはコピー誌は持っていない。
ただし、見本誌ぐらいは見たかもしれない。
だから答えはこうなる。
「え、ゆきねえ本だったよ。そう言ってたじゃない?」
「そう?」
目と目があった。
小左内さんは無邪気に微笑んでいた。
大体、小左内さんが無邪気に笑うのはとびきり上等な同人誌を読んだときか、復讐の材料を見つけたときと相場が決まっていた。
ひやりとする間もなかった。
「でも……読んだことはあるんでしょう?」